大東流合気柔術とは?
合気道の源流とされる日本古武道の流派の一つです。
11世紀より続いている伝統的な武道で、長い間秘匿の技(お留技)として受け継がれてきました。現在は日本古武道協会に所属し、演武大会で技を披露しています。
<実際の技を見てみましょう>
4か条 霞投げ(小林清泰師範)
https://youtu.be/bAgq4PLz7Mo?si=haJQDUH4RQQOTlxo
4カ条 手枕詰め(小林清泰師範)
そもそも柔術って何?

柔術とは古くから日本各地で行われてきた武器を使わずに戦う古武道の総称です。
明治時代に加納治五郎によって柔術の技法の多くが体系化されましたが、柔術の技法すべてが柔道に取り入れられたわけではありません。
大東流合気柔術にも柔道に似た技がありますが、柔道にはないオリジナルの技がほとんどであり、古武道の技をそのまま継承しています。
合気道ではない!?

合気道はもともと大東流合気柔術との違いが無かったと言われています。
合気道の祖である植 芝盛平は大東流合気柔術を習い、他の門人とともに大東流合気柔術を教えていましたが、やがて独立して独自の体系を作り上げていきました。
合気道の技に大東流合気柔術の技と共通する技が多いのはそのためです。
しかし、合気道と比べて大東流合気柔術は技の種類が多く、動きが剣術の要素を強く残しています。
誰が始めたの?

11世紀に源氏の新羅三郎源義光が始めて、甲斐・武田家に伝承されます。
時が過ぎて、江戸時代には会津藩の上級武士の間で伝えられてきました。
しかし、江戸幕府が倒れたことにより存続の危機に見舞われます。
明治時代に入り、武田惣角が全国各地を行脚し広く伝わり現代に至ります。
琢磨会って何で言うの?

中興の祖と言われる武田惣角の門人である久琢磨の名前が由来である。
久琢磨は門人中唯一免許皆伝されており、門弟たちが集まってできた武道団体が琢磨会です。
どんな技があるの?

大東流合気柔術は1,000を超える技の集合体(一説には技は3~4,000種類あるとも言われる)ですが、技を修得するための方法として、武田時宗先生が代表的な技である118本の技を118か条として体系的に整理されました。118か条はさらにその技法により5つのグループに分けられ、1か条(30本)、2か条(30本)、3か条(30本)、4か条(15本)、5か条(13本)と技の段階に応じて稽古を行うことになります。
琢磨会の至宝、「総伝写真集」

大東流合気柔術は武田惣角が自ら日本各地を訪問して技を伝えたため、地域によって技に少しずつ違いが見られます。琢磨会では久琢磨が作成した当時高価でめずらしかった写真撮影による「総伝写真集」を継承し、尼崎支部では、そこに記録された技(約630技)を再現、大東流の本来の技を稽古に取り入れています。
118か条の技が、相手の攻撃を一度封じた後で反撃に転じるのに対し、総伝技では、相手の攻撃の力を殺さず、反撃に利用することから、ほとんど力を使わずにスピードと威力のある技をかけることができます。また、118か条と比べ、より自在な技の展開が可能で、応用も効くことから、より実戦的な技を伝えていると言えるでしょう。
ただし、大東流特有のさまざまな技術を修得していることが必要になるため、総伝の稽古は概ね三段以上の実力を有しているのが好ましく、二段までは118か条の稽古が中心となります。